私の昭和記念公園

サプライズ - 散歩中に、意外な出来事に出合いませんでしたか?

はじめに

 「散策中に偶然に出合った心に残る出来事」……ここでの「サプライズ」とは、そんな意味です。 カメラにおさめられずに割愛したものもあります。 最近では砂川口に向かって乗っていたパークトレ インが〔こもれびの丘〕下で突然、停車したこと です。直ぐに運転手さん直々にマイクで釈明?し ます。「今日のお客様は、ラッキーです!左の丘 を御覧下さい。雉が下りていますよ!」ポケット のデジカメを握ったまま、取り出せずに、じっと 初めて見る丘の光景に目を奪われていました。羽のきれいな雄の雉でした。

今回の更新で、A~Eの稿を「バークトレインに乗って」に格納し、新たに「J.Cheerful Girls」を加筆しました。

遭遇
蛇・蜥蜴
天使の舞
働く人
物持ちのよい妻
砂川口の威容
水鳥の池 二題
みんなの原っぱ異聞
猫二態
Cheerful Girls

花摘みのあとへリンク

〔F〕 砂川口の威容

 元気な時は、西立川口から砂川口まで三十分もあれば歩けました。雨模様の空に砂川口の休憩所で喉を潤していた私は、降り込められないうちに帰ろうと、早足で歩きました。出口間もないところで、雨に祟られ、家に着く頃はすっかり濡れてしまいましたが……。砂川口を抜けて立川市街に出たり、逆に玉川上水に出たりもしました。そんな離れ業が発病当時は出来たのです。この歩きすぎが病を悪化させたのでは?と親戚の方より苦言をいただいたこともありましたが……。

 初めて「砂川口」を目の前にした時は、ほかのどの入り口よりもはるかに立派な佇まいに目を瞠りました。事務所・出入り口・土産物店・そして広い休憩コーナーと横に連なった広く大きな建造物。そして、その屋根を覆う灰色の日本瓦。瓦の上には、ソーラーシステムが並んでいます。現代的な総合案内センターのある「あけぼの口」を表玄関とすれば、ここは裏手の通用門という位置かもしれませんが、とてもそんなものではなく、圧倒されました。利用客の多い「西立川口」など及びもつきません。

 入り口を入ると、ここでも若い男性の係の方が言葉も正しく、丁寧に応対してくれます。便利なことにすぐ近くに手洗いがあり、ここからはサイクリングを楽しむ方が多いらしく、貸し自転車の設備も近くにあり、ロードにそのまま直進できるようです。砂川口からは団体のお客様は少ないようです。ご家族連れの少人数の方々が目につきます。

 写真の砂川口の手前はパークトレインの折り返し地点になっています。そこには、それは見事な柳の大木が二本、青空に向かって伸びています。微かな若緑の淡い色彩で春の訪れを告げてくれるのは、いつもこの柳の木で、冬にすっかり葉を打ち払った木々の若芽が、遠目に微かに黄緑色に霞んでみえるのは、まさしく春色一番といった感じです。

 こんな背の高い柳をみたことはありません。そう言えば、私が入院していたK病院の病棟にも、桜に囲まれた中庭に一本、聳え立つような柳が芽吹いていました。それすらも超えるような高さに思わず見上げてしまったものです。手前の柳の大木のぐるりを廻って、パークトレインは折り返し地点に着きます。なるほど、この道幅の広さはロータリーの意味もあってゆったりしているのでしょう。公園内のどこよりも広く、ゆったりとした空間が砂川口の建造物と調和もしているのです。

 砂川口を入って間もなく左手には、浅い池があり、覗いてみると季節にはオタマジャクシも、そして小さな魚も泳いでいます。小さな橋も架けられているのですが、全体にロープがはり廻らされ、長い間、渡ることも出来ず、池向こうの小高い植え込みや小径から、どんな風景が見えるのか少々気になっていました。それが、昨春(平成二十年四月)にここまで足を伸ばした私は、無理をせずに帰りはバークトレインを利用しよう待っていました。すると砂川口を入る何人もの方々が、池を周遊できる遊歩道に入り、あちこちでカメラにおさまったり、小さな子は池の中を覗いたり、整備された道を駆け回っていました。私が歩けずにいた間に、このエリアが立派に完成していたのでした。大きな岩の数々が配置されて、さながらロックガーデンと呼んでよいような独特の空間を創っていました。

 砂川口の和の雰囲気をたたえた建築物は、ほどなく辿り着く「こもれびの丘」前のレストハウスも同様で、この種の施設としては内容も含めて実に立派で、いつもきれいに管理されています。立川口や西立川口から歩いてこられた方たちは、この広い空間の中でほっとなさるのではないでしょうか。元気な時の私は、砂川口を目の前にして一休み。自販機のペットボトルで喉を潤すこともありました。公園地図にも示される授乳室・休憩・手洗いなどを含んだ施設の中でも、ひときわ広く美しい。初めて利用した時は、ほかに利用される人もなく、もったいない感じもしましたが、花の美しい季節には多くの方たちが寛ぎ、利用されています。

 ほかに昨年、ボランティアの方々の長年の努力もあって新たにオープンした「こもれびの里」の中央にも、立派な作業所があります。どれも公園内の、ほかのどのエリアにもない、広々とした風景に調和した和風の建造物の美しさに、目を引かれたものでした。しかし、「里」にはやはり「茅葺きの屋根」が似合い、古く武蔵野の「農」を伝えたのではないかと考えます。

 実は、その〔こもれびの里〕で不思議な場面に遭遇しました。里の裏門に一台の観光バスが駐まったのです。夏、レインボープール近くまで公園内を市内バスが臨時運行しているのは承知していましたが……。それぞれ胸に名札をつけた団体客が続々と降りてきました。旗を手にしたガイドらしき方に先導され里に入っていきます。思わず一枚記録させていただきました。パークトレインならぬ観光バス、謎です。

 蛇足ですが、ここ「こもれびの里」には水車小屋があります。私の隣人に、手作りの「和細工」を趣味で作られているH氏がいます。初めて「水車小屋」に挑戦する意向をお聞きし、散歩の折に、まだオープン前の、縄の廻された里の敷地に作業所の裏手から、勝手に「失礼します」と声を掛けて、水車小屋の写真を記録し、製作の参考に差し上げたこともありました。六十の手習いの私の未熟なパソコン技術で、氏の作品集も作って差し上げました。「水車」のほかにも実用的な行燈やランプシェードなどの作品があります。私も幾つかいただき、廊下や寝室の常夜灯などに使って、和の雰囲気を味わっています。

〔G〕 水鳥の池 二題

最終章「X あゆみ」の作製では、昭和記念公園開園(1983)以来、今日までの新聞報道にあたってみることが、基本的な準備作業でした。数ヶ月の図書館通いで新聞をめくる中、「面白い」と言っては不謹慎かもしれませんが、思いがけなく、気になるニュースが幾つか目に飛び込んできました。

 〔水鳥の池〕のボートは若い人たちから家族連れまでたいそう人気があります。写真は最近の乗り場のショットですが、整然とボートが繋留され、レストハウスや紅葉したメタセコイアを背にした風景には独特の雰囲気が感じられて気に入っています。

 当時(1990)、繋留されていたボートは百艘だったそうです。その日(4月4日)の朝、出勤してきた職員の方が見た光景は? 何と30艘のボートがロープから解き放たれて池中に四散していたそうです。きっと目にした方は、何が起こったのか目を疑い、唖然とされたことでしょう。

 記事の見出しには「いたずら?ボート散り散りに」とあります。3人の職員の方が30分かけて元に戻して開園に間に合ったとあります。季節柄、来園者も多く、ボートの上から春を感じようとする人もきっと多かった筈です。大きな混乱もなく、お客様を迎えられたのでしょう。記事の結びには「悪質ないたずら」か「強い風でロープが徐々に緩んだのか」とありますが、……謎です。

 目を惹く記事の中には、あまり気軽に扱えない深刻な話題もありましたが、もう一つ「こんなことがあったのか!」と驚いたものがありました。これもまた〔水鳥の池〕の記事ですが、足かけ10年の長期にわたる話題です。

 開園して5年目(1988)、「池のコイ」「集団無償トレード」の見出しで、そもそもの事の発端が紹介されました。記事によると、府中市の東京競馬場内の「ひょうたん池」には15年ほど前に約2000匹のコイが放され、それが今では5000匹以上。池の水は汚れ、エサ代にも頭を抱えていたということです。一方、〔水鳥の池〕では格段に広い池であるのにコイは約1000匹。そこで「ひょうたん池」から約1000匹のコイを無償トレードする話がまとまった、というお話です。「めでたし、めでたし」と、一件落着したのでしょうか?

 やがて10年の年月が経ちました。〔水鳥の池〕のコイは何と7,000匹となったそうです。コイは野鳥のエサ(小魚・カワエビ)を食べてしまい、野鳥の生息数が激減してしまった、と記事(1998・「東京新聞」)は伝えています。

 打開策として「コイ釣り大会」を実施したようですが、失敗。そこで、この記事の見出しは「池のコイをもらって ただし食べちゃダメ」。問い合わせは「昭和記念公園〈コイのお引っ越し係〉とあります。御苦労されている公園の方々には気の毒ですが、記事は軽いタッチで、共感さえ感じます。

 翌年の春、更に後日談を伝える記事(1998.4)がありますが、ここには書かないことにします。お気の毒なので…。それから10年、現在〔水鳥の池〕の水面下はどうなっているのでしょうか……謎です。

〔H〕 みんなの原っぱ異聞

 〔みんなの原っぱ〕の皆勤賞に相応しいのは何と言っても紙ヒコーキのグループの方々ではないでしょうか。凧が青空に舞わない日があっても、紙ヒコーキの飛んでいない日はありません。手作りのヒコーキをゴムを使って飛ばします。風をとらえて角度よく舞い上がると、長い時間、滑空し旋回します。遠く離れた地点に着陸したときは、皆さん駆け足で追いかけます。その敏捷なこと、その力強いこと。皆さん童心にかえって、大地に踊っています。

 しかし思わぬトラブルに襲われることもあるようです。原っぱの北側に大きなヒマラヤ杉があります。風に流され、愛機がヒマラヤ杉の高い枝に不時着することも珍しくはないようです。先日初めて、その愛機救出の場面に出合いました。長い竿を手に、高い枝を探っている方を見て、すぐに事の次第を了解しました。容易には救出できませんでしたが、彼らのひたむきさが伝わってきました。

 凧の会の方にお聞きすると、糸で結ばれているとはいえ、風の力を受け、時にはトラブルが生じ、凧は遠く離れた林を越える場合もあるそうです。南売店の横の銀杏の木の枝に、凧が置き去りにされていました。凧の様子と言い、この凧は一般のお客様の凧遊びの忘れ物だったのでしょう。

 時々、上を見上げて歩きます。空も、雲も、風も見えます。でも、こんなこともあります。西立川にのぼる坂道の途中に、蔓性の植物を絡ませるアーチがあります。そこに張られたネットの上に写真のような光景を目にしたのです。これは風で舞い上がったものではありません。後ろを歩いている子供たちが、私がそんな被写体にレンズを向けていることに、何やら話していました。

 ……「君たちはこんなことはしないように!」

〔I〕 猫二態

 昨年、初夏五月のことでした。散歩を楽しみな がらも、体は辛く、〔水鳥の池〕を一回りするのが 限界でした。池を右に見て〔もみじ橋〕を渡って 〔川沿いの散歩道〕を〔うのはな橋〕まで歩きま す。橋を渡って〔ハーブ園〕。〔花木園展示棟〕前 を右に折れて西立川口に戻ります。その帰途、〔 眺めのテラス〕を過ぎて、左手にある植え込みは この季節「ドイツ鈴蘭」が可憐な花を咲かせてい ます。この鈴蘭は在来種より花茎が高く、花の顔が 葉に隠れません。

 何枚か写真を撮っていると、植え込み右の隅に ただならぬ気配を感じました。猫です。一匹の猫 が何かに立ち向かっているようでした。何か啄ん でいる鳩を狙っているのかと思いました。しかし 鳩は遠すぎます。体を伏せたり、手を挙げては、 目の前の何物かに打ち下ろしたりしていました。 私との間に少なくとも5~6メートルはあったで しょう。植え込み前にはられた、ロープぎりぎり まで覚束ない足下を寄せて、様子を窺いました。 これが猫と私の最短距離でした。瞬間、枯れ葉の 中から、猫をめがけて、蛇が鎌首をもたげたのを 見ました。敏捷な猫は、身をのけぞらせながら、 なおも蛇と対峙します。物怖じせずに立ち向かう 様子から、まだ若い猫だったのではないでしょうか。

 蛇は、季節柄、元気に動き始めたヤマカガシで もあったかもしれませんが、鈴蘭の周囲の枯れ葉 に埋もれて、私からは、その姿はなかなか認めら れません。カメラを構えながら、しばらく眺めて いました。そんな私の脇に、散歩中の若い男女が 立ち止まり、何が起こっているのだろうと怪訝な 顔つきでした。私は「猫と蛇のバトルです」と、 一言告げて西立川口へ向かいました。若い二人は 膠着状態のバトルの結末を見ることが出来たか、 どうかは分かりません。

 公園で、こんな猫の野性を見ることは稀で、多 くの場合は超然と闊歩しているか、正体なく睡り 呆けている悠々自適な姿です。先日も、ハーブ園 前の径の真ん中に、お腹を出して正体もなく眠っ ている猫がいました。平日で散策者も疎らなので 猫にもそんな油断が生じたのでしょう。脇に低く 三脚がセットされて、公園内では若手の、中年の カメラマンが位置を変えつつシャッターチャンス を窺っていました。私も一人だったら、カメラを 向けていたかもしれません。珍しくもあり、微笑 ましいシチュエーションだったからです。カメラ マンは振り返って私と目を合わせて、どちらから ともなく笑みを交わしました。

 私は滅多に猫の写真は撮りませんが、緊迫の蛇と のバトルのほか、もうワンシーンを撮っています。

 一昨年の初冬のことでした。小春日和に誘われて、 その後の公孫樹並木の様子などを見に出かけた折、 一休みしようと〔川沿いの散歩道〕のベンチに向 かいました。残堀川の上流「やまぶき橋」の方向 に少し歩くとベンチがあります。手前まで来て、 私の足は止まりました。ベンチに先客がいたので す。公園を歩くようになってから、というよりは 勝手気儘なHPを開いてから、初対面の方とも言 葉を交わすようになった内気で臆病な私も、先客 には声がかけられません。あまりにもマナーに反する不作法に、微笑ましくなったのです。

〔J〕 Cheerful Girls

 公園に外国の方の姿は、特に珍しくありません。エリアも〔日本庭園〕に限らず、その活動も散策ばかりではなく様々な活動の様子と出合います。東南アジア系や中国系の方も少なくありませんが、やはり米軍基地と隣接しているだけ、アメリカの方とは道々よく出合います。時には視線があって思わず互いに目礼を交わしたりするほど親しげな空気が流れます。彼らの国民性の一端かもしれません。

 最近は若いお母さん方が連れだって、それぞれ子供をバギーに乗せてやってくる姿が目立ちます。日本人のお母さん方の現象かとも思っていましたが、そうでもないようです。アメリカのお母さん方も小さなお子様を連れて、ピクニックのような雰囲気を醸しながら〔みんなの原っぱ〕や〔こどもの森〕を訪れています。先日、彼女たちの引き上げていく様子に出合って、思わずカメラを向けてしまいました。二枚の写真は別のパーティーですが、道いっぱいに広がって歩いています。お母さんは子供たちを、子供たちはお母さんを、それぞれ気遣いながら歩いているかのようです。そして何やら絶えずお話ししている様子でした。ここは町中の歩道ではありません。歩き方のマナーなど口を挟む気など毛頭ありません。むしろ、その様子に彼らの日々の子供たちとの暮らしの原点を見るような、意外な興味が湧いて、カメラを向けてしまったのです。素敵なお母さんは、カメラに気づいて笑顔を見せてくれました。

 後日のことです。その日も足どりも重く、立ち止まる回数の多い数時間の散策でしたが………。〔水鳥の池〕の畔、半夏生の群生している辺りを、一歩一歩踏みしめて緩やかな斜面を上って、いよいよ帰途につこうかという時のことです。ふと気がつくと賑やかな明るい声が響いています。夏の生暖かい空気に新鮮な涼風を送ってくるような、大きくて爽やかな声でした。歓声と言ったらよいか、嬌声といったらよいか、言葉の意味は不明です。一体何処から聞こえてくるのか、誰の声なのか、判然としないままハーブ園から菖蒲田を抜けて、池畔を歩いている間中も、声は私の耳に心地よく響き、やがて声の方角も大方の検討がついてきました。

 〔花咲く頃〕の像が左手に窺えると、池の全体が手に取るように見えてきます。大きな声の主もはっきり分かったのです。三艘のサイクルボートに分乗したアメリカの少女たちが、まるで追い駆けっこをしているかのように仲間のボートに接近します。離れようと懸命に漕いでは、彼女たちの大きな声が水面に響きます。精一杯の大きな声です。誰に憚ることのない、気持ちの良い叫びです。賑わうウィークエンドではなかったので、広い池には彼女たち以外には数艘のボートの影しか認められません。この辺りの紫陽花も菖蒲も見頃間近ですが、画布に向かう人、カメラを構える人たちが何人かいらっしゃるだけでした。〔花咲く頃〕の像の前の緩やかな芝生の斜面には、中年のご夫婦と二羽の鴨が憩いのひとときを楽しんでいました。静かな昼下がりです。

 そんなひとときだからこそ、彼女たちのこの上なく楽しげな声が響き渡るのです。それは、この〔水鳥の池〕の周囲の、長閑な気配を増すものの、損なってはいませんでした。芝生に坐して寛がれている、あのお二人も、きっと同感であったにちがいありません。

 彼女たちに失礼とは思いながら、今日の散策の記念に、デジカメを思いっきりズームにして何枚か撮らせてもらいました。すると岸辺にいちばん近いサイクルボートの少女が私を認めて、大きく手を振ってくれたのです。それでなくても明るい大声に癒されていた私は、その開けっぴろげな、屈託のない陽気さに感謝しました。思わず私も手を振って応えていました。

 数時間足らずの散策の帰路でのことでしたので、何度も立ち止まり、小休止をとって呼吸を整えざるを得ない状況でした。こうした体調も神経的?あるいは精神的な要素も何割かあるという経験則を勝手に信じて、時には自分の意志で或る想念に集中して、自己コントロールする場合もあります。しかし、この日の、この出来事は、自分の意志に関わりなく、天から降ってきた励ましの声のようでした。何か洗われたような気持ちになり、少し元気をもらって〔西立川口〕を出ました。

 出たところで一息ついて、いつも私が散歩に出かける時には、転ぶほど速くは歩けない私に「転ばないで!」と五月蠅く言う妻に「もうすぐ家に着くから昼食の支度を!」と、メールを入れて、また歩き始めます。

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