私の昭和記念公園

ひとつの風景 - 心に残る風景は?

 この公園を象徴するひとつの風景……それは真ん中に欅の巨木がどんと構えている〔みんなの原っぱ〕だ、と言われる方が多いと思います。「公園全体の中央に位置する、この広大な広場は、あるTV番組の「昭和記念公園ベスト30」のトップにランクされています。ここを訪れる人の多くは欅の巨樹に吸い寄せられるようです。木陰で憩う人、周りでゲームに興じる人、遠く離れた草地でお弁当を広げる人も、みんな大ききな欅を見つめて心安らいでいるかのようです。
手をつないで、仲間たちと輪を広げるかのように枝を伸ばした大きな樹。でもこの公園でどんなふうに楽しい時間を過ごしたか、あるいは公園と、どのような出会いをしたかで、その人なりの「ひとつの風景」があるのではないでしょうか?〔渓流広場〕で水遊びを楽しんだ幼児たち、フワフワドームで思いっきり跳ねた腕白たち、手帳を片手に吟行する年配の方たち、あちこちでキャンバスを広げる画伯たち、水鳥や魚を見ながらボートを漕いだ家族……皆それぞれに心に残る風景をお持ちなのだと思います。

 私も原っぱの遊具に満面の笑みを浮かべて遊ぶ孫の顔を楽しむことも、時には妻との散策に花を楽しむこともあります。しかし私には私なりの忘れられない「ひとつの風景」があります。

 公園を訪れることが単なるレクリエーションではなく、私という「生身の人間」が初めてその場所に関わり合った時に、心に焼き付けられた風景があります。それは……

 多くの方たちの目を楽しませた〔コスモスの丘〕は、春の準備が始まります。春を彩る花の種が蒔かれた後、丘一面がシートに覆われ、冬を迎えます。さすがに冬の訪問者は少ないようです。そんな季節の、寒風が吹きすさび、シートの上を枯れ葉が乱舞するこの〔こもれびの丘〕が、私の「ひとつの風景」です。

 晩秋、風邪の症状が長引いた後、病院の精密検査で初めて健康上の不安を駆り立てられました。「咳は間質性肺炎。腫瘍マーカーの数値も心配」。焦燥や戸惑い、決して若くはない体に突きつけられた衝撃の医師の言葉でした。自分の立場を見つめようとする気持ちを秘めて、公園を遮二無二に歩きました。その時の追いつめられたような、何か光明を見いだそうとする気持ちが、この風景……松の緑のほか、これといった色もない寂寞とした冬の〔こもれびの丘〕と重なったのでしょう。

 その出会いは数年前のことでした。不安を抱えながらも、それからしばらくは、公園を起点として玉川上水の散策路を上ったり下ったり、立川口から高幡不動までモノレール下の街道を歩いたり、多摩川の遊歩道を拝島橋まで歩き拝島大師にお詣りしたり、……歩くこと自体に何の困難も感じませんでした。ところが今は、遠出の勇気もなく、坂道も登れず、時には言葉も控えてしまいます。体調のよい日に公園内をゆっくりゆっくり歩いています。動悸・息切れ・突然襲う咳・体のあちこちに移動するさしこむような痛み。そんなことを恐れながらゆっくりゆっくり歩いています。

 2009年春。歩く距離も速度もひどく落ちていますが、「蘇ろう!」という気持は喪っていません。

 2009年秋。重くつらい体で、ゆっくりと精いっぱい歩いています。公園には、そういうお仲間がたくさんいらっしゃいます。

 2010年春。いつもは松の内に公園歩き初め、今年は二月二十五日になってしまいました。天候と体調が噛み合わないと、散歩すら躊躇ってしまいます。

 2010年秋。 病の停滞に薬の副作用が重なって辛い時期です。何度か公園に足を踏み入れましたが、出掛けるには勇気が必要になってきました。

 右下の二葉の写真は、春の〔こもれびの丘〕です。

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